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リアリティ
2026年7月12日(日)
たまたまNHK大河をちょっと見ました。全然前後のストーリーなどわからないのですが、場面はいきなり陰惨。素手で相手を何度も殴る。昔の大河はこういう場面はなかったよな、などと思いました。
しかし不思議なのは、殴っている方も素手はなんともなく、殴られた方もちょっと顔にあざがあるくらいで「いやー、大変でしたな」なんて声をかけられている。全然リアリティがない。
リアルな殴る場面とリアリティのない結果。こういう場面になれてしまうと、人に対して残酷な、陰惨な仕打ちをしてもなんとも思わなくなってしまって、陰惨な事件につながるのか、などとやや極端なことを思いました。
見ていて、こればゲームと同じだと、ちらっと思いました。格闘ゲームなんか、殴られても蹴られても相手は表面的なダメージはなくて、バタンと倒れるだけ。不自然。画面はリアルなのに。
陰謀論を信じる人の増加の背景にあるのがゲームではないかというのが内田樹の見立て。ゲームはやらないのですけど、あれは誰かが作ったものであるのは間違いないのですが、プレーヤーはその中で高得点を競う。それは設計者の世界であり、そこに没頭して設計者の意図を探りながらコントローラーを操作するのでしょう。そういう意味では、世の中、誰かが操っているんだという陰謀論と親和性が高いのかもしれません。
まぁ、ゲームをやらない人でも陰謀論を信じる人はいるので、すべてが、というわけではありませんが。
これは本当かどうかはわかりませんが、人間(子供だけではない)の思考にゲームが影響を及ぼしているというのはあるような気がします。
そして、そのようなゲームだからこそ、私はe-sportsをスポーツとすることには違和感を感じるわけです。
スポーツは自然との闘いだと思います。たとえサッカーのように対戦相手がいるスポーツでも、より強くボールを蹴る、より速く走る、より俊敏に動いた方が勝ちにつながるわけです。それは自分の身体という自然との闘いといえると思います。陸上競技はまさに自己との戦いであり、だからこそ人気があるのではないかと覆います。e-sportsはこれとは全く異なるものです。
メディアって何でしょうね。世の変化を憂いつつ、しかしそれに加担しているかもしれない。誰でもそうなのかもしれませんが。
なんだかとりとめのない文章だ。いつもですが。
(仙北谷)